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川端康成が愛した美の世界に触れたくて、博物館へ行って来ました。彼の心を支え、その創作に影響を及ぼした美術品の数々、その中には、東山魁夷の絵も数点あって、目を奪われました。絵の中からは、風の音、森の香り、冷気までが伝わってきました。魁夷は、著書『風景との対話』の中に、「私は生かされている。野の草と同じである。(中略)私自身の意志よりも、もっと大きな他力によって動かされていると考えないではいられない。たしかに私は生きているというよりも生かされているのであり、日本画家にされ、風景画家にされたとも云える。」と書いています。
彼は、終戦間近に召集を受け、熊本で攻撃練習をしました。或る日、焼け跡整理に行き、熊本城の天守閣跡へ登って、その眺望に「輝く生命の姿」を見、涙しました。後に彼は、「あの風景が輝いて見えたのは、私に絵を描く望みも、生きる望みも無くなったからである。私の心が、この上もなく純粋になっていたからである。死を身近に、はっきりと意識する時に、生の姿が強く心に映ったのにちがいない。」と述懐しています。それまでの彼は、技法や成果にばかり囚われていたとの事。美は、純粋な心によって感取されるものなのですね。
川端は、「人間は生よりも反つて死について知つてゐるやうな気がするから、生きてゐられるのである。」「あらゆる芸術の極意は、この『末期の眼』であらう。」と書いています。芥川龍之介も、「自然の美しいのは、僕の末期の目に映るからである。」と言いました。魁夷の絵に漂う静寂と敬虔な心は、川端の精神の支えであったに違いありません。
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